2017年9月20日水曜日

秋田男鹿半島旅行2 寒風山編

秋田にある男鹿半島への旅行

以前(12年前)に行った時は なんと日帰りの強行軍!

今回は 晴天であることを予報で確認した上での決行
 
そのため 宿は 安価なビジネスホテルしか見つからず
秋田市内の混雑を避けた さびれたホテルになってしまったが
何よりも お天気優先の旅行だった

それも 寒風山から見晴らしを最優先にした旅

この写真を 見てください
最高の見晴らしです
寒風山展望台から見た 男鹿市方向 
直ぐ下に 一般駐車場が見える
一般駐車場から 頂上展望台を見上げる

秋田市街地がうっすらと見える
八郎潟から水を排水する 船越水道が見え 
眼下には男鹿市 
カーブを描いた海岸線のずっと先には
うっすらと秋田市が見える

ちょっと左を見ると
かつて八郎湖だった名残の 調整池が見える
八郎潟調整池
展望台から 八郎潟とは反対方向を見下ろすと
入道崎方向
良く見ていただくと分かるが 
パラグライダーがランディング直前の状態 

鍋の底のような地形中央に 
パラグライダースクールの車が見える

この鍋のような地形は 寒風山の噴火口跡

寒風山を後にし 
この噴火口を通り抜ける道を降りて行き

入道崎へと向かった


おまけ・・・ 
食事を待つ間 妻が風景に見とれていた
八郎潟干拓地のどまんなか 大潟村役場付近にある 
ホテルの展望レストランで昼食

見渡す限りの 八郎潟干拓地の風景は
当然のことだが 全ての田畑が マイナスという海抜で
オランダの国土のように 海水面よりも低い

低い場所では マイナス6mほどで
このホテルが建っている場所は マイナス2mほどという・・・

お天気が良いことを 最優先にした旅行は 大成功!

さて・・・
ここで食べたものは 「6うまいもん」編で紹介の予定

次回は3八望台編です


2017年9月14日木曜日

秋田男鹿半島旅行1

秋田の男鹿半島に 1泊2日でお出かけしてきました

写真整理も終わり 今回は時系列の記事ではなく
以下のカテゴリー全7回で記事にします

1 なまはげ編
2 寒風山編
3 八望台編
4 入道崎編
5 秋田ポートタワー編
6 うまいもん編
7 愛車編

まずは 1 なまはげ編
男鹿なまはげ館でのスナップから
凄い迫力
食べられちゃいそ~
集まり過ぎでしょう! 小さい娘が怖がっていましたね
動き出しそう・・・
妻は なまはげの前で おいしそうに・・・
このナンセンスさに 笑った!

2017年9月7日木曜日

震災後に忘れていたもの 

3.11震災から6年と6か月に ならんとしていますが

次の災害は 悲しいことに国際問題から発生しそうな
いわば人災なのかもしれませんね

毎日のように 報道では 恐ろしいことばかり・・・
そんなに 国民の不安を煽って どうするのでしょう

怖いばかりの 国際問題はさておき・・・


あの震災後に忘れていたものがありました
照明器具です

あの震災の 1か月にも及ぶ 長い停電期間に活躍した 
我が家の照明器具は キャンプ用のガスランタンでした

ガスランタンを家の中で使うのは 
一酸化炭素の問題から かなり危険なことは明白

あの時は 仕方なく 
換気に気を遣いながら使っていましたけど・・・

震災後 あれこれと 災害用品を揃えてきましたが
見事に忘れていたのは 照明器具のことでした

調べてみると LED照明器具が 一足飛びの進化をしていました 

早速 緊急時のLEDランタンの補充をしました
GENTOS  EX-136Sです セミの抜け殻は飾りですね

単3電池6本で Highモード9時間  Midモード18時間
さらには Ecoモードで142時間 キャンドルモードで60時間
という とんでもないほどの長時間

370lm(ルーメン)の明るさ 
しかも1m防水 2m落下耐久という 

大きさはビール500ml缶より少し大きい程度で
ランタンとしては かなり小振り

我が家のリビング・ダイニングは16畳ほどですが
実際に使ってみますと
このランタン1個で 十分に活動できる明るさでした

これで メインとなる非常用照明は 決まりましたが
これだけでは不足です
妻と私が 家の中で持ち歩ける照明も 準備しました


さらには 電池の種類を統一することも進めました

単一 単二 単三 単四という4種類を揃えるのは
あまりに効率が悪いため 
可能な限り単三に統一しています

小型ラジオは 単四使用ですが
極力 単三に揃えることで 電池の無駄が少なくなります

震災後 買い置きしていた単一と 単二電池が 
液漏れでダメになってしまったという 経験からです

そこで 単三電池も かなりの数を揃えました

これでなんとか なんとかなりそうです 


30年周期で発生するといわれる 
次の宮城県沖の大地震が発生するまで 
私が生きているかどうかは分かりませんが 

突然訪れる 災害への準備だけは 
手を抜くわけにはいきませんものね



2017年9月4日月曜日

天気が良かったので

一昨日の2日は 庭と畑の手入れで
大型の草焼き機(灯油式)を使い 
砕石の間から出てくる不要な細かい雑草を 焼いて処理し
次に 草刈り機で庭をすっきりとさせた

昨日3日は 台風15号の影響が出て 
当初は 終日の雨だった予報が 一変
見事なまでの晴れマークが 予報に並んだ

台風は 岸から遠く 太平洋上を北上したのだった

これはチャンスと思い おでかけをすることにした

気仙沼市と南三陸町の境界になる
田束山(たつがねさん)へと向かうことにした

頂上付近は 平地よりも5度ほど低い気温で とても快適
台風へと向かう風で フェーン現象となっていた

脚の悪い妻も 駐車場から階段と軽い坂道を上がり
標高512m頂上から見る 気仙沼市方向
この山は 春先には約5万本のツツジが咲く名所

気仙沼市方向を見る
震災後の復旧工事のため 海岸線の多くは茶色に見える
手前から 気仙沼市の小泉 津谷 大谷 波路上 
気仙沼大島 そして唐桑半島 
最も遠くに移っている半島は 
岩手の陸前高田市に位置する広田半島


じっと見ていたら 涙が出そうになった

なにせ 気仙沼市だけで 
あの大津波で1400人弱が亡くなられている
陸前高田は なんと1800人弱が亡くなられ

ここから見渡している風景だけで
なんと3200人弱の犠牲者が出ているのだった
震災関連死も含めると いかばかりか・・・・


今は 私も妻も 安穏と暮らしているが
あの時のことは 日常の会話になることもほとんどない

泣き虫の私は 今でさえ 
あの時の 動画を直視することすら満足にできないのだ

無二の友 お世話になったご近所さんや知人
友人や知人の家族 さらには その幼い子供たちまでも・・・・

言葉を失い
しばし無言で眺めていたら
妻が「車に戻ろう」と・・・

きっと妻は 
私の気持ちを察したのかもしれない

車に戻ろうとすると
妻が声を上げた・・・・「ほらっ! ちょうちょ!」

見ると
私の周りに2羽の蝶が 纏わり付くように飛んでいるのだった


悲しみの記憶 というものは
人が生きていく上では 差し障りがあるため 
いつかは 薄れてしまうものだが

これだけは 消えそうにないものだった  


2017年9月2日土曜日

昨日のお出かけの結果・・・

昨日は日本晴れ
それも   最高気温は23度ほどで    絶好のお出かけ日和

妻は   長雨のせいもあって
このタイミングで   大物の洗濯物をベランダに干したいらしく
「今日の天気予報は? 」と    朝一番で聞いてきた

晴れた日にドライブしたかった私は
ストレスの塊のようになっていた
もちろん   愛車のスバルWRX-S4で・・・

朝食しながら   妻と相談

食事を終えて    そそくさと妻は
洗い終えたばかりのシーツやタオルケットなどの
大物の洗濯物を   ベランダに干し
お出かけの準備を始めた


準備完了し
気持ちがささやかに高揚しながらも
愛車のアクセルを踏んだ

目的地は   お隣りの街    陸前高田市へ・・・
久々に高田の今の姿を見たくなったのだった・・・

愛車を走らせること30分ちょっとで
延々と続く土木工事の風景を   眺望できる場所へ・・・

空中を縦横に区切っていた   長い長いベルトコンベアの姿は    見事に消え
土が高く盛り上げられた谷間の底に
震災前の幹線道路だけが   取り残されていた

あいも変わらず道路は埃だらけで
路面には穴も多かった

いずれ近い将来    盛り土の上に国道の付け替えがされるため
今の道路には   路面補修は予定されていないのだろう
仕方のないことである


アバッセ高田という新しくできた商業施設の   喫茶コーナーで
軽食を済ませ   お買い物を少しだけ楽しみ
馴染みのある海岸線に足を伸ばした

海は碧く   美しい空とのコントラスト
久々に海を見た気がした

未だに   あの大津波の記録画像を正視すると
身体が震えてくる感覚がある    情けない自分だが

静かな海には   だいぶ慣れてきた気がした

妻も「綺麗だね〜」と呟く

落ち着いた気持ちになり
自宅へと戻った